水口簡易裁判所 昭和43年(ろ)2号 判決 1968年8月02日
被告人 中野栄徳
主文
被告人は無罪
理由
本件公訴事実の要旨は
「被告人は昭和四三年三月二七日午前九時四五分ごろ、高速自動車国道である京都府乙訓郡名神高速道路上り線天王山バス停において、その運転する普通貨物自動車(滋四り〇一四七号)を駐車したものである」
というのであり、
右事実は<証拠省略>
により認められる。
そして検察官は右事実は道路交通法七五条の八、一項、一二〇条一項に該当し、罰金五、〇〇〇円が相当であると主張する。
しかしながら、被告人が駐車するに至つた事情、駐車した場所は前記<省略>の証拠によると次のとおりである。すなわち
「被告人は一週間前から新幹線新大阪駅近くの夜間工事に従事し、当日も前夜から午前四時ころまで作業に従事し、朝食後、翌日以降の作業現場である京都へ道具類を運ぶため、茨木インターチエンジより名神高速道路に入り、京都南インターチエンジに向う途中、徹夜の夜間作業の疲れでねむ気を催したので、折りから天王山バス停があつたので、バス停より約二五メートル京都寄りのバスの加速車線の路肩(幅一・四五メートル)に左車輪をかけて(被告人運転の車の車幅は一・六九メートルなので、全部を路肩に置くことは不可能である)駐車しているうちにねむり入つてしまい、ねむつている処をパトカーの警察官に起こされ、駐車違反として交通違反の切符を切られたものである。被告人の駐車した場所は前記のとおり走行車線の路肩ではなく、バス停のバス加速車線の路肩に左車輪をかけ駐車したもので、右車輪はバスの加速車線上にかかつてはいるが、バスの通行には全然支障なく、いわんや走行車線の路肩ではないので、一般車両の通行には全然影響のない場所である。」
以上の事実が認められる。
被告人の前記駐車を駐車違反として交通切符を切つた司法巡査中嶋清の検察官に対する供述調書によると同人は「天王山バス停約四キロ手前に桜井パーキングがあり、運転者がねむくなるのは突然になるものとは考えられず、ねむいのなら桜井パーキングで休息すべきであると考えます。それを横着して天王山バス停まで来て勝手に休息したと考えます。桜井パーキングから本件のバス停までは約四キロで車では三分で来るところであります。また本件バス停で休息しなくても京都南インターチエンジで高速道路から出て休息する方法もありますし、本件バス停から約八キロの距離ですから一〇〇キロ毎時で進行するとして約六分で到着できますし、そこで休息すべきと考えます」と供述している。
被告人は右桜井パーキングで休息しなかつた点につき、検察官に対する供述調書では「桜井パーキングにさしかかりましたが、そこで休もうかなとも思いましたが、もう少し行つてみようと思いばく然と通過しました」と供述し、当公廷では「パーキングで休むつもりで走つていましたが、つい通り過ぎてしまつた」と供述している。
名神高速道路は上り線、下り線それぞれ一方通行なので、一旦通り過ぎてしまうと同じ道を逆戻りすることはできないのである。問題は天王山バス停附近にさしかかつた際、疲れとねむ気を感じた場合バス停附近の路肩に車を停めてねむ気をさますことが許されるかどうかである。
前記中嶋巡査は「運転者がねむくなるのは突然になるものとは考えられず………」と供述しているが、徹夜作業の後、単調な高速道路を走つている場合には自分ではしつかりしているつもりでもいつの間にかねむりに誘われるという危険は十分考えられることである。また同巡査は「八キロ先の京都南インターチエンジで高速道路から出て休息すべきである」とも供述しているが、京都南インターチエンジまで絶対にいねむりせずに行けるという保証はない。もつともこの点につき被告人の検察官に対する供述調書中には「当時の体の疲れ具合からみてこの間(天王山バス停から京都南インターチエンジまでの間)を運転するのには、途中でいねむつてしまつて事故を起す様な危険はまつたくなかつたのであります」との記載があるが、右調書は問答体の調書でないので、検察官がいかなる問を発し、それに対し被告人がいかなる答をしたのを右の様な文章にまとめたのか明らかでないが、前記のとおり天王山バス停附近でねむ気を催し、ねむ気をさますため駐車中、ねむりこけてしまつた処よりみると天王山バス停で休息することなく走り続けた場合京都南インターチエンジまでの間「いねむつてしまつて事故を起す様な危険はまつたくなかつた」と言い切れるものではない。
もしも天王山バス停で休息することなく走りつづけて、京都南インターチエンジまでの間にうとうとと居眠つて、その間に不幸交通事故を引き起し、人を死傷させた場合被告人としては検察官より「被告人は天王山バス停附近通過の頃睡気を催したのであるが、かかる場合運転者としては直ちに運転を中止して休息し、ねむ気の解消をまつて運転を再開し、もつて事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにかかわらずこれを怠り漫然運転を継続した過失により……」として業務上過失致死傷罪としての刑事責任を追求されることは必定である。
事故が起きてからでは遅すぎるのである。被告人の前記行為は正にこの注意義務を忠実に履行したまでである。
道路交通法七五条の八は高速自動車国道における駐車を禁止している。しかしその除外例もまた認めている。被告人の本件駐車は同条一項二号にいわゆる「……駐車することがやむを得ない場合において路肩に駐車するとき」に該当するものと認めるのが相当である。
以上の理由により被告人の前記行為は罪とならないものと認め、刑事訴訟法三三六条前段により無罪の言渡をする。
(裁判官 中村三郎)